広島高等裁判所岡山支部 昭和26年(ネ)45号 判決
控訴代理人は原判決を取消す。岡山地方裁判所が株式会社中国銀行を第三債務者とする控訴人(債権者)、被控訴人(債務者)間の同庁昭和二五年(ヨ)第一九六号債権仮差押命令申請事件につき昭和二十五年十月十四日附為したる仮差押決定は之を認可する。訴訟費用は第一、二審共被控訴人の負担とするとの判決を求め、被控訴代理人は主文第一、二項同旨の判決並に仮執行の宣言を求めた。当事者双方の事実上の陳述は、
控訴代理人において、
(一) 原審において主張した資産総額九十八万四千十一円二十四銭というのは昭和二十五年七月二十三日被控訴人組合分裂当時それだけの資産が存在していたという主張である。
(二) 控訴人外五百十名(選定者目録記載の者)が被控訴人組合の財産に対して分割請求権を有する根拠は左の如くである(この点について控訴人の従前の主張を補足訂正するものである。)
権利能力なき社団たる労働組合の財産関係が総有関係だとしても、この場合には組合脱退者には当然には組合財産の分割請求権はないであろうが、いわゆる組合分裂の場合には、これと取扱を異にすべきである。即ち組合員の組合よりの通常の脱退と組合の分裂による組合員の脱退とは観念を区別して考察する必要がある。分裂という現象は最近の労働組合においてその例は屡々見受けられる。すなわち労働組合内部の思想的対立等から組合員が組合内部において対立し、組合内部に異質的集団が成立し、ここに組合は一つの統一体として存続活動することが不可能となり、統一体としての存在価値を失い、その異質集団が組合を離脱するという現象が分裂現象である。この分裂の場合においては、通常の脱退の場合とは種々の点において趣を異にする。
しかして、右分裂の場合には組合財産は組合の解散の場合に準じて取扱うのが至当である。すなわち法人たる組合の場合は労働組合法第十二条第二項民法第七十二条の適用あるものと解すべく法人格なき組合の場合は、脱退した組合員はその出資乃至拠出した金額に応じて組合財産の分割を請求し得るものと解すべく、かつ後者の場合は法人の場合のように清算の必要はないものと解する。
飜つて被控訴人組合について考えてみるに、昭和二十五年四月二十一日頃被控訴人組合内部に組合の共産主義者によつて牛耳られた運営方針、指導理念に反対する一派が生じ、有志数十名(控訴人等約五十名)は品川白煉瓦株式会社及び被控訴人組合に対して具申書を提出して(具申書は昭和二十五年四月二十一日と同月二十二日と二回に亘つて提出された)批判的態度を明かにしたが、被控訴人組合は何等反省の色を示さず、却て右有志の者を裏切者として非難し、圧迫を加えた。
その頃組合内部の大勢は右の有志の行動に左袒するにあつたが、組合の圧迫も強く、多くの者は表面に出て旗幟を明かにすることを躊躇する有様であつた。右の有志は集つて組合員総会招集の計画も議したが、何分組合総会開催は当時の情勢としては事実上不可能な有様であつたが、さればといつて、このままの状態において放置するときは組合の内部の大勢が組合の行動方針に反対の傾向高まりつゝある当時としては、組合の健全なる運営は到底望み難く、遂に意を決した同志百余名は昭和二十五年四月二十八日結束して被控訴人組合を脱退し「第二工場組合」及び「第三工場組合」を結成するに至つた。(尤も後記疏甲第三号証によれば昭和二十五年四月二十八日には脱退者は十五名の如くであるが、この外八十数名の者も同日脱退したのである。たゞしかし、これらの者は同年六月一日被控訴人組合側から組合復帰を強要せられて脱退を取消し、その後になつて再び脱退届を出したため四月二十八日脱退したに拘らず疏甲第三号証の上では同日の脱退者の内に加えられていないのである。これらの者は同書証上は後日脱退したことになつている。)爾後も脱退者は相次いだが、同年五月二日には前記第二工場組合と第三工場組合とが合併して「新労働組合」なるものを結成し、同月八日頃には更に脱退した数十名が「第一工場組合」を結成し、同月十八日頃には之も新労働組合に吸収せられて新労働組合は組合員総数約百五十名となつた。同年六月一日には共産党員、労農党員被控訴人組合員の家族等約千名の集団が品川白煉瓦株式会社の工場内に侵入して、新労働組合員の一部を強要して新労働組合を脱退させ、被控訴人組合に復帰させる等の事件あり、これによつて益々反共的となつた被控訴人組合員達は、その頃から同月中旬までに約三百名の多きが脱退し、同月十八日には、その日までに被控訴人組合を脱退した者約三百五十名の多きを数え、これらの者が同一の信念主張の下に再建同志会なるものを結成し、反共民主的労組をスローガンとし、大いにその勢力を増大した。しかしてこれらの者は翌七月二十三日には品川白煉瓦株式会社岡山工場従業員組合なるものを結成し、その後益々勢力を増大して被控訴人組合よりの脱退者を吸収し、本件仮差押申請当時組合員数五百十一名の多きを数えるに至つた。
右のような経緯を考察するに、控訴人外五百十名の被控訴人組合よりの脱退は通常の意味の脱退ではなく、明かに「分裂」の現象として取扱うべきである。而してかかる分裂の場合は前述の如く組合の解散に準じて取扱うべく、即ち右分裂の結果として控訴人外五百十名の者等に被控訴人組合財産の分割請求権を認めるべきである。たゞ後記疏乙第一号証(労働組合規約)第四十条に既納の組合費は一切返還しないという規定があるが、これは、組合が平穏裡に運営されている場合における組合員の脱退を考慮しての規定に過ぎないのである。解散とか分裂とかいう如き特別異常の場合に適用せらるべき規定ではない。
なお控訴人外五百十名が分割請求権を有する被控訴人組合の財産及び右請求権の額等につき控訴人が原審においてした主張を左の通り訂正補足する。即ち
(一) 被控訴人組合の分割請求の対象となるべき純資産は別表第一の純資産欄に記載のとおりである。
(二) 又脱退者各自の有する請求権の金額は右別表中一人当脱退者取分欄記載のとおりであつて、その総額は三十七万八千三百五十二円二十九銭である。
(三) なお脱退者個人別の請求金額は別表第二記載のとおりである。
(四) 別表第一の資産、収入、支出、算出の根拠、方法は別表第三に示すとおりである。
と述べ、
被控訴代理人において、右控訴人主張事実中被控訴人従来の主張に反する点は否認すると述べた外
凡て原判決事実摘示と同一であるから、ここにこれを引用する。
(疏明省略)
三、理 由
被控訴人労働組合が法人格なき組合であり、昭和二十五年七月二十三日当時及びその以前以後の被控訴人組合の実体がいわゆる権利能力なき社団であること、控訴人及び別表選定者目録記載の五百十名が元被控訴人組合の組合員であつたこと、控訴人外右五百十名が被控訴人組合を相手方、株式会社中国銀行を第三債務者とし、昭和二十五年十月十二日岡山地方裁判所に控訴人主張のような債権仮差押申請をなし、同裁判所がそれを容れて同年十月十四日その旨の仮差押決定をしたことは何れも当事者間に争がない。
しかして本件は当事者双方の主張が委曲を尽して甚だ複雑に見えるが、要するに控訴人の主張は、控訴人外前記五百十名は控訴人主張のような経緯により被控訴人組合より脱退して被控訴人組合とは別個に新に品川白煉瓦株式会社岡山工場従業員組合(労働組合)を結成するに至つたものであり、この脱退は通常の意味の脱退ではなく、いわゆる「分裂」の現象として取扱うべき場合であるから、法人格なき社団たる被控訴人組合の場合は、控訴人外右五百十名は夫々その脱退当時の組合財産の分割請求権を有するから、この請求権保全のため、被控訴人が第三債務者中国銀行に預金している預金債権の仮差押を求めるというのであり、被控訴人組合は右控訴人主張のような脱退は普通の脱退であつて、いわゆる組合分裂の現象と見るべき場合には当らないから、控訴人外前記の五百十名には控訴人主張のような組合財産分割請求権はない。従つて控訴人の本件仮差押申請は理由がないと争うのである。
よつて按ずるに、成立に争なき疏乙第二号証の一乃至四、原審並に当審における控訴本人田中邦三の供述の一部及びその供述により真正に成立したものと認める疏甲第三号証、同第六、七号証、当審証人立花恭太の証言、当審証人片山滝夫の証言の一部、当審証人西川康之の証言の一部及弁論の全趣旨を綜合すると、控訴人において主張するのとほゞ同様の経緯を経て控訴人外前記五百十名が逐次被控訴人組合を脱退離脱して品川白煉瓦株式会社岡山工場従業員組合を結成し、及びその後本件仮差押申請当時迄逐次右従業員組合に加入したものである事実が推認できる。前記証人片山滝夫、同西川康之の証言中右認定に反する部分は措信しない。
しかして右の如き控訴人外五百十名の被控訴人組合からの脱退離脱の態様は単純な個々人の脱退の場合とはその趣を異にする或る程度集団的脱退の様相を呈してはいるけれども、さればといつて、その前後五ケ月余に亘る期間の逐次脱退を一体として観察しこれをいわゆる組合分裂の現象として把握しようというのはいさゝか行き過ぎの観があり、到底その主張には賛成することができない。
されば右被控訴人組合の分裂があり、該分裂の結果控訴人外五百十名にその組合財産分割請求権の発生せることを前提とする控訴人の本件仮差押申請は爾余の争点につき判断するまでもなくその理由がないこと明かであるから、本件仮差押決定はこれを取消し、控訴人の本件仮差押申請はこれを却下すべきである。
従つてこれと同趣旨の原判決は相当であるから民事訴訟法第三百八十四条に則り本件控訴を棄却し、訴訟費用の負担につき同法第九十五条第八十九条を仮執行の宣言につき同法第百九十六条を適用し、主文のとおり判決する。
(裁判官 植山日二 柴原八一 池田章)
(別表省略)